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No.18 銅像 中江なかえ藤樹とうじゅ

[2018年5月31日掲載]

いつも何気なく通っている桜美林の町田キャンパスにも、学園の歴史が息づいているのをご存じでしょうか。今回は、図書館と以徳館の間、サレンバーガー館に続く細い道の入り口にある藤棚と中江藤樹の銅像について紹介します。

中江藤樹は、江戸時代初期の学者で、儒教(朱子学)から派生した陽明学を、日本で初めて教えた人です。私塾を開いて多くの人に影響を与えましたが、その門人たちの活躍もあって、近江聖人(近江=滋賀県にある琵琶湖)とたたえられました。儒教で言う聖人とは、社会の中で立派な働きをする人と言う意味です。ちなみに本学の創立者である清水安三先生は、北京の人々に敬愛され、北京の聖者と称されました。北京にある学校には、安三先生の胸像や「学而事人」の石碑が建てられています。

中江藤樹は、滋賀県高島市(安曇川町)の人です。本名は中江与衛門ですが、屋敷の庭に藤の大樹があったので藤樹先生と呼ばれていました。そのすぐ隣の村に生まれた安三先生は、幼少のころ伯父に、「藤樹先生みたいな人になりたい」と、将来の夢を語ったそうです。

このように、安三先生は、中江藤樹の影響を受けて育ちました。だから、必然的に桜美林大学にもその影響が見られます。

たとえば、町田キャンパスの校舎の名称にもその一端が表れています。学而(がくじ)館や亦説(えきせつ)館は、『論語』の巻頭部分にある「学んで時に之を習ふ。亦説(またよろこ)ばしからずや」から名付けられています。また、「明明(めいめい)館」は、中江藤樹が教えた陽明学の「大学の道は、明徳を明らかにするにあり」に由来している言葉です。

安三先生がひと休みした陶製椅子

中江藤樹の銅像とその傍らにある陶製椅子は、信楽(しがらき)焼で作られたものです。

晩年、桜美林教会(復活の丘)に住んでいた安三先生は、朝、出勤して学長室に入る前に、キャンパス内を一巡するのが日課でした。そして、ゴミを拾ったあと、銅像の傍で、ひと休みしていたと言います。藤棚の蔭にある陶製椅子は、安三先生が、腰をかけた椅子として、今も銅像の横に静かにたたずんでいます。

忙しい日々の合間に、かつての安三先生と同じように、皆さんも椅子に腰をかけて、故郷への思いを深くしてはいかがでしょうか。故郷での思いを新たにする、そんな日があっても良いかもしれませんね。